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エフロン:経験ベイズほど過小評価されているものは何十億回と行われている「検定」におけるウィルコクソン検定ぐらいしかないと思う。人々は経験ベイズの考え方や、階層的なモデリングを、もっと一般的にやっているのだが、なぜだか実装の段階では経験ベイズは使われるようになっていない。これはウィルコクソン検定のほうが優れている場合でさえ、t検定がいまだに使われているのによく似ているが、経験ベイズの場合には、統計学者ですら驚くほどに、実用的に利点がある。(推定における)リスクを75%とか50%とか減らせるのに、どうして使わないのだろうか?私が思うに、人々はこの方法を使うに当たって十分な自信がないのだと思う。分散分析は信じられないぐらい有用な道具だ。とても多くの場面で使うことができる。その理由の一つはフィッシャーが科学者たちに分散分析がいかに簡単に使える道具であるかを丁寧に教えたからだろう。だから「研究者のための実験計画法」は我々の意識の中に根付いている。だから、もし我々が経験ベイズが使える場面についてよく研究し、理論的に、実用的に自信を持って使える道具であるかを示すことができれば、実験者たちは実験計画を、経験ベイズを使うためのパラレルな構造に従ってやり始めるだろう。マイクロアレイ実験はそのとてもいい例だと思う。
ホルムズ:経験ベイズを使う上で、統一性の問題はないのだろうか。ベイズ的な視点を取り入れた上で、データを頻度主義者のように扱う、という二つのパラダイムを融合するメリットはなんでしょうか。
エフロン:統一性の質問へ答えるならば、それはベイジアンの最適性の問題ということになる。最適性というのはまさに、頻度主義者が主張しているものだ。一方ベイジアンはそれに対して、ベイズ統計学の統一性をもって利点だと主張する。違う状況で得られた情報を、論理的な方法で統合しないのは非統一的だ、という。これはもっともな主張だし、ベイズ統計学の魅力を上手く説明していると思う。しかし一方でベイジアンはモデリングに関して頻度主義者よりもはるかに、積極的だし、楽観的だ。頻度主義者はもっと慎重だし、モデルが高い確率で間違える事態をできるだけ避けようと努力している。私はベイジアンの流儀で好きなものも数多くあるが、私が嫌いなのは、適当に事前分布*13を放り込んで、「答えが出た」と言ってしまうような態度だ。これは極めて危険だ。特に高次の問題を扱う場合には。
ベイズ統計学は、事前分布が有害でないと言える、いいアイデアがある場合*14には素晴らしい道具となる。ある種の多重比較のように、頻度主義者は何も言うことができなくなってしまうようなとても複雑な問題を扱う場面でも、ベイジアンはその問題について面白いことを言えることがある。
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